
◼️ ポール・マッカートニー『McCartney II』——時代に先駆けた“実験と孤独”のエレクトロ・ポップ

リリース背景と音楽界の状況
1980年5月にリリースされた『McCartney II』は、ポールが1970年の『McCartney』に続き、再び“完全なソロ制作”に挑んだアルバム。
すべての楽器演奏、録音、プロデュースを彼一人で手がけた作品であり、ポスト・ウイングス期のリセットボタンとしての意味も持ちます。
当時の音楽界は、ニュー・ウェイブやシンセ・ポップが台頭し、伝統的なロックから電子音楽への過渡期。
クラフトワーク、ゲイリー・ニューマン、トーキング・ヘッズなどが注目を集め、電子機器を駆使したサウンドが新しい表現手段として注目されていた時代です。
そんな中、ポールが作ったこのアルバムは、**意外なほど時代の波に呼応しながらも、彼自身のユーモアと遊び心が前面に出た“奇作”**として語られています。
🎧 楽曲レビュー(抜粋)
1. Coming Up
お気に入り度⭐️⭐️⭐️⭐️⭐️
アルバムのリードトラックにして最大のヒット曲。
ファンキーなベースラインと軽やかな電子音が特徴で、シンプルなメロディながらクセになる仕上がり。
ライブ版(ウイングス名義)のシングルが全米1位を獲得し、ジョン・レノンもこの曲を「気に入っている」と絶賛したと伝えられています。
2. Temporary Secretary
お気に入り度⭐️⭐️⭐️⭐️⭐️
リリース当時は賛否が分かれた**“オタク・テクノ”の先駆け的楽曲**。
マシンのようにループするシンセとチープなドラムマシン、皮肉混じりのボーカル。
発表当時は「ふざけすぎ」と批判されましたが、今ではマニアックな人気を誇るカルトクラシック。
当時、筆者はこの曲を聴きたいがためにLPを購入したくらい中毒性のある1曲。
3. Waterfalls
お気に入り度⭐️⭐️⭐️⭐️
メランコリックなバラードで、『Maybe I’m Amazed』の電子版とも言える切ない名曲。
サビで繰り返される「Don’t go jumping waterfalls / Please keep to the lake」は、
単純ながらも心に残る優しい警句のようです。
シンプルな楽器の構成なだけにメロディーの美しさとポールの美声が堪能できる良曲。
4. On the Way(Tr.3) / Bogey Music(Tr.9) / Darkroom(Tr.10)
このあたりの楽曲群は、自宅スタジオでの“ひとり遊び”感が濃厚なエレクトロ・ブルースやダブ風ナンバー。
ジャンルの枠にとらわれない自由さがあり、新しいおもちゃを手に入れた子供が無邪気に遊んでいるかのように
サウンドメイクを楽しんでいるポールの姿が微笑ましい。
5. Frozen Jap
どちらもインストゥルメンタルで、未来的かつ異国情緒漂うエレクトロ・トラック。
「Frozen Jap」は「Jap」とは日本人を揶揄するような表現?この曲はどんな背景を持った楽曲なのでしょうか?
- 作曲イメージとジャンル: ポールは「雪化粧をした富士山」をイメージしながら作曲したとされています。ジャンルはいわゆる「和風テクノ」で、**インストゥメンタル(歌のない楽曲)**です。
- 日本の音楽からの影響: 当時英国でも人気だった日本のバンドYMOからの影響が見られると指摘されています。レコードコレクターズでは、初期YMOに曲調が似ていてエンディングも同じだと指摘しているようです。
- 来日時の予定: 1980年の来日時には、この曲をライブ演奏する予定だったとされています。
しかし、タイトルの『Frozen Jap』に用いられている「Jap」という言葉は、一般的に日本人への蔑称として使われる言葉です。
この曲の発表が1980年の大麻不法所持による逮捕事件の直後であったことから、このタイトルが「日本人への逆恨みではないか」として話題になった経緯があります。
ポール自身は、この曲が日本人への蔑侮であるという疑惑を否定しており、「イギリスではそこまで悪い意味ではない」「簡潔なタイトルにしたかっただけ」とコメントしています。
このような背景から、日本盤のみ、この曲のタイトルは**「Frozen Jap」から「Frozen Japanese」へ変更**されるという配慮がなされました。
まとめますと、『Frozen Jap』は、ポール・マッカートニーが雪化粧をした富士山をイメージして作曲したインストゥメンタルの和風テクノ曲で、日本のテクノバンドからの影響が指摘されています。歌詞はありませんが、タイトルの言葉遣いとその発表時期が、1980年の逮捕事件と関連付けられて議論を呼び、日本盤ではタイトルが変更されたというなんともお騒がせな1曲と言うことでした。
💿 全体の印象と評価の変遷
『McCartney II』は当初、「奇妙でまとまりがない」「遊びすぎている」と酷評されがちでした。
しかし、**シンセ・ポップやローファイ・エレクトロの先駆けとして近年再評価が進み、現代のインディー・ポップにも通じる“ホームメイドな革新性”**が見直されています。
また、ポールがあえて“バンドの王者”である自分を脱ぎ捨て、無名の宅録アーティストのように挑戦を続けた姿勢が、後進のDIYアーティストたちにも多大な影響を与えました。
🎯 まとめ:孤独と実験精神が結晶化した80年代の異端作
『McCartney II』は、ポール・マッカートニーという巨人が“実験者”として音楽に向き合った瞬間を切り取った作品です。
豪華なアンサンブルではなく、アイデアと遊び心と孤独だけを武器に、未来を見つめた男の静かな革命とも言えるでしょう。
ビートルズでもウイングスでもない、“ただのポール”としての創造性がほとばしるこのアルバムは、今こそ聴き直す価値のある名盤です。

















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