
古屋兎丸『幻覚ピカソ』レビュー
――狂気と創作衝動がキャンバスに噴き出す、“お絵かき漫画”の決定版

作品データ
- 作品名:幻覚ピカソ
- 作者:古屋兎丸
- 連載:2000年代前半(青年誌系)
- ジャンル:サイコホラー/学園/メタフィクション
あらすじ
物語の主人公は、異常なまでの画力と歪んだ内面を抱える高校生・林檎(※作中設定)。彼は“絵を描くことでしか自分を保てない”少年であり、描かれるイメージはしばしば現実を侵食し、幻覚や妄想となって周囲を巻き込んでいく。
学園という閉鎖空間の中で、創作=救済であり呪いでもあるという二律背反が、事件とともにエスカレート。読者は、彼が描く“絵”と“現実”の境界が溶けていく過程を、ほとんど共犯者の視点で追体験することになる。
作品が描かれた時代背景
『幻覚ピカソ』が連載された2000年代初頭は、
- オタク文化の可視化
- サブカルチャーの商業化
- 「病み」「メンヘラ」「狂気」といった内面表現の前景化
が同時進行していた時代だ。
90年代のポスト・エヴァ以降、内面の歪みを物語化する表現が一般化しつつあった中で、本作は「精神の異常」を“物語設定”ではなく**“描く行為そのもの”に結びつけた**点で突出していた。
連載時の評判・位置づけ
連載当時の評価は一様ではない。
- 強烈な画面構成と不快感すら伴う表現に熱狂する読者
- 一方で「気持ち悪い」「読後感が悪い」と距離を取る層
に明確に分かれた。
だが現在では、
「古屋兎丸の転換点」
「“描くこと”をテーマにした漫画の到達点」
として再評価が進んでいる。特に美術・デザイン系の読者からの支持は根強い。
なぜ『幻覚ピカソ』は“お絵かき漫画”の決定版なのか
本作が特異なのは、絵が題材なのではなく、絵が物語を駆動するエンジンである点だ。
- 作中の落書き、スケッチ、絵画が
- そのまま心理描写であり
- 物語の伏線であり
- 事件のトリガーになる
つまり読者は、「絵を読む」のではなく**「絵が生まれる瞬間の狂気」を読む**ことになる。
そしてここで無視できないのが、作者・古屋兎丸自身が美術教師としての顔を持つこと。
構図、デッサン、線の意味、余白の使い方——それらは単なる演出ではなく、**“描く者の思考そのもの”**として配置されている。
漫画でありながら、どこか美術の実技書、あるいは危険なワークショップを覗き見ている感覚に近い。

総評
『幻覚ピカソ』は、
- 成長物語でも
- 学園ホラーでも
- 芸術賛歌でもない
「描かずにはいられない人間の業」を、最も不穏なかたちで可視化した漫画だ。
“お絵かき漫画”という言葉が、
- ほのぼの
- 技法紹介
- 趣味マンガ
を指すのであれば、本作はその定義を真っ向から破壊する。
描くことは救いか、狂気か。
その問いに、読者自身を引きずり込む——
それこそが『幻覚ピカソ』が今なお語られる理由であり、決定版と呼ばれる所以だ。


















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